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フェドせーエフの言葉から

 投稿者:山田 実  投稿日:2019年 2月18日(月)12時26分20秒
返信・引用
   17日のNHKのEテレで,フェドセーエフの指揮によるチャイコフスキーの「くるみ割り人形」が放映されました。番組の前に篠崎コンサート・マスターとの対談がありました。フェドセーエフは1932年に当時のレニングラードで生まれ,あの900日間の封鎖の中で飢えに苦しみながら育ったそうです。そして「言葉も出なくなると,そこに音楽がある」と語りました。
 先にショスタコーヴィチの第7番が封鎖の中で演奏されたことがNHKのルポルアージュ番組でありましたが,上記のフェドセーエフの言葉から,こんなことを思い出しました。それは1999年2月に亡くなった音楽院の指揮法教授ゴボロフさんの言葉です。ゴボロフさんによると「あの封鎖下でもシンフォニー大ホールの隣り(正しくは2棟離れている)のミュージック・コメディー劇場でもオペレッタなどをやっていたんですよ」と。フェドセーエフの言葉とともに,あの町の人たちの心意気のようなものに思いが至りました。
 
 

Re: 更に追記

 投稿者:みーちゃの子供達  投稿日:2019年 2月 7日(木)08時18分0秒
返信・引用
  > No.376[元記事へ]

> ソロピアノでの7番自演、初見です。迫力が凄いですね。
> オケでは聞こえないモチーフが聞こえてくるのも勉強になります。

その映像は番組本編でも紹介されましたが、それ以前に「映像の世紀」で紹介されています。
「戦場のピアニスト」と言うタイトルだったと思います。
あのシュピルマンの事かと思い、実際見ましたらショスタコーヴィチがピアノを弾くニュース映像で、
レニングラード攻防戦の話題に絡めての内容でした。「戦場のピアニスト」と言うよりも「戦火の作曲家」のタイトルだったら誤解される事もなかったでしょうね。
 

フレイシュマンなど

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月 6日(水)09時13分2秒
返信・引用 編集済
  SNSで、強制収容所で演奏させられたバイオリンについての動画
https://www.facebook.com/sbsnews/videos/286118892073940/?t=22
を見かけて、「ロスチャイルドのバイオリン」を思い起こしました。
ちょっとググってみたら検索上位にあったnumabe氏のブログが秀逸(コメントを含む)。
チェーホフの同名の短編が元になっていたのを、恥ずかしながら知りませんでした。

https://numabe.exblog.jp/13836871/

 

Re: 更に追記

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月 5日(火)20時55分20秒
返信・引用
  > No.375[元記事へ]

みーちゃの子供達さん、有難うございました。
ソロピアノでの7番自演、初見です。迫力が凄いですね。
オケでは聞こえないモチーフが聞こえてくるのも勉強になります。
 

更に追記

 投稿者:みーちゃの子供達  投稿日:2019年 2月 1日(金)20時42分9秒
返信・引用
  タワーレコード ページ内にありましたので貼っておきます。

https://tower.jp/article/campaign/2019/01/07/04?kid=plkpcgnrc
 

Re: 追記

 投稿者:みーちゃの子供達  投稿日:2019年 1月25日(金)10時32分17秒
返信・引用
  > No.373[元記事へ]

書き忘れてしまい、申し訳ないですが、実は12日にも7番を取り上げたアマオケがありました。

金子建志/千葉フィル でオケにとって二度目の演奏で前回が90年代だったので久々でした。
演奏のレポは耳に入って来ていますが、当日配布されたライナーノートが充実した読み物だった様で、
オケのwebページから読む事が出来るので、是非読まれて下さい。
 

Re: 追記

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月24日(木)15時07分19秒
返信・引用
  > No.372[元記事へ]

みーちゃの子供達さん、アウローラ管弦楽団の情報、有難うございました。
ダスビが演じたときも感じましたが、アマオケがこの曲をやるのは大変な根性だと思います。
ご教示いただいたページから招待チケットが入手できるのですね。
 

追記

 投稿者:みーちゃの子供達  投稿日:2019年 1月13日(日)20時27分0秒
返信・引用
  番組のエンドロールで、山田さんが此処で書かれていた、池上みどりさんの名前と、
ダスビターニャ音楽監督.長田雅人さん、アマオケ.アウローラ管弦楽団が出ていました。

そして、そのアウローラ管弦楽団は5月11日に7番を演奏します。
http://www.avrora.me/home.html
 

御礼

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月12日(土)17時18分1秒
返信・引用
  みーちゃの子供達さん>
 ご報告有難うございました。蔵出しエピソードがあったのですね。興味深いところです。
山田実さん>
 ヒトラーがアストリアホテルで祝賀会を予定していたというエピソード、以前ご教示いただいていたのを思い出しました。その日が8月9日だというのをすっかり失念しておりました。初演当時としてはまさにその日を選んだということですね。ご教示有難うございました。
p.s.
 旧臘の書き込みに「ナチスのホロコースト」と記しましたが、数々のジェノサイドのうち、ナチスがやったのを「ホロコースト」と呼ぶのであって、「ナチスのホロコースト」というと「火事が燃えてる」「頭痛が痛い」的表現になるというご教示を、さるお方からいただきました。
 

8月9日

 投稿者:山田 実  投稿日:2019年 1月11日(金)11時11分21秒
返信・引用
   8月9日。それは様々な側面があると言えるのですね。
 何人かの知人にはお渡ししたのですが,私は1999年の1月26日にペテルブルクの大ホールで第7番を聴いたルポルタージュを,ペテルブルクから「筑波の友」というタウン誌に投稿しました。「五十五年目の第七番」という表題でした。この時の演奏会はふつうの演奏会でなく,ベテランとか言う団体主催の演奏会で,この曲だけでした。なおその55年前の1月27日に,レニングラードの封鎖は解除されたそうです。
 そこにも書いたことですが,1941年の8月9日にヒトラーは,この町の高級ホテルのアストリアで占領記念祝賀会を開くことにしていたそうです。そこには日本大使が宿泊する部屋などの図さえありました。そのホテルには,その図は1990年頃までは掲示されていたそうです(1986年夏に泊まったときには気が付きませんでした)。
 私が言いたいのは,1年前のヒトラーの野望の日に合わせて,1942年に包囲下で第七番の演奏会を開いたという事実です。
 

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